0566珈琲製作所のコピルアックには、輸入業者のリストから選んで仕入れた商品とは違う背景があります。
私自身が北スマトラへ行き、採取に携わる人と会い、ジャングルを歩き、直接輸入するルートを作ってきました。
始まりは、いまから約20年前。北スマトラを訪れたときに飲んだ、一杯のコピルアックでした。
約20年前に受けた衝撃
初めてコピルアックを飲んだとき、その香りには、普通のコーヒーとは違う何かがありました。
「コピルアックとは、いったい何なのか」
「どんな場所で、どのように採られているのか」
名前や逸話を知るだけでは納得できませんでした。焙煎をする者として、元の豆と現場を自分の目で確かめたい。その思いが残り続けました。
2017年、単身でスマトラ島へ
2017年、私はコピルアックを探すためにスマトラ島へ渡りました。拠点にしたのは北スマトラ最大の都市、メダンです。
現地で力を貸してくれたのが、インドネシア人のHENGKYさんでした。現在まで続く、私のスマトラでの大切な相棒です。
しかし、行けばすぐ採取地を見せてもらえるほど簡単ではありませんでした。
コピルアックを扱う業者を訪ね、現場を撮影させてほしいと交渉しましたが、何度も断られました。一度は許可が出て、いよいよ出発というところで「やはり駄目だ」と言われたこともあります。
採取場所や仕入れ先は、彼らにとって生活を支える大切な情報です。外から来た日本人に、簡単に教えるはずがありません。
HENGKYさんとメダンで途方に暮れた時間を、今でも覚えています。
※画像候補:2017年当時の松井氏とHENGKY氏/メダンまたは移動中の写真
メダンからトバ湖周辺へ
トバ湖は、巨大噴火によって形成された世界最大級のカルデラ湖です。湖面自体が約900mの高地にあり、その周囲にはさらに高いコーヒー生産地が広がっています。
2017年当時、メダンから目的地までは車でおよそ5時間。都市を離れ、山間部へ入り、さらに奥へ進みます。
現在は高速道路の延伸などでパラパット方面への移動時間は短くなりました。しかし、湖は広大で、採取地や農園へ向かうには、そこからさらに地域の道路を進まなければなりません。
「トバ湖産」と一言で書けても、実際の現場はひとつではありません。湖の東西南北に町や農村があり、標高、気候、品種、流通経路も異なります。
なぜアチェではなく、トバ湖周辺だったのか
コピルアックはジャワ、スマトラ、スラウェシなど、インドネシアの複数地域で生産されてきました。歴史については諸説あり、特定の一地域を「誕生の地」と断定するのは難しいと考えています。
私が重要だと思ったのは、コピルアックである前に、元のコーヒーそのものがおいしいことでした。
そこで注目したのが、マンデリンやリントンの名で知られる北スマトラ・トバ湖周辺です。
この地域では、S795、Lini S系統、ブルボン系、カルティカ系、Sigarar Utang、Ateng Superなど、さまざまなアラビカが栽培されています。小農家の畑が多く、品種が混在することもあります。
野生のルアックは農園の区画表示を見て実を食べるわけではありません。そのため、ワイルドルアックを単一品種として断定することは困難です。だからこそ、採取地域のコーヒー全体の質が重要になります。
「コピルアックなら何でもよい」のではなく、良いコーヒーが育つ土地で探したい。これがトバ湖周辺を選んだ理由です。
ジャングルで発見したコピルアック
ようやく現地の理解を得て、採取地へ入ることができました。
野生のコピルアック探しは、きれいに整備された観光農園の見学ではありません。ジャングルの中を歩き、勾配を上り下りし、ルアックが通りそうな場所を探します。
途中ではスコールにも打たれました。足元の悪い場所を進み、やっと糞の中に残ったコーヒー豆を発見します。見つけたものを麻袋へ入れ、持ち帰ります。
動画には、2017年当時の探索の様子が残っています。コピルアックがどのような場所で探されているのか、文章以上に伝わる記録です。
※ここにYouTube動画を配置
2017年 コピルアック探索動画
一日をともにすると、もう仲間になる
探索を終えたあと、現地スタッフと一緒に食事をしました。
森を歩き、雨に打たれ、同じものを探したあとでは、最初に会ったときの距離はなくなっていました。言葉が完全に通じなくても、一緒に一日を過ごすと相手の仕事や人柄が見えてきます。
私は再び来ることを約束しました。
現地へ行った目的は、希少な豆を安く買うことではありません。誰が、どこで、どのように採っているのかを知り、その人たちと継続して取引できる関係を作ることでした。
※画像候補:現地スタッフとの集合写真/食事風景
直接輸入は、顔の見える取引を続けること
こうして0566は、トバ湖周辺のコピルアックを現地スタッフから直接仕入れるルートを作りました。
「直接輸入」という言葉は、中間業者が少ないという意味だけではありません。
問題があれば誰に確認するのか。品質が変わったときに現場へ戻れるのか。現地で何が起きているかを継続して聞けるのか。顔の見える関係があって、初めて直接取引の意味が生まれます。
もちろん、個人間の信頼だけで品質が保証されるわけではありません。天然物である以上、ロットごとに外観や状態を見て、焙煎し、味を確認する必要があります。
2026年、再びトバ湖へ
2026年8月、私は再び北スマトラへ向かい、サモシール島の農園と精製所を訪ねました。
今回訪ねたRonggur Nihutaの農園は標高約1,530m。Sigarar UtangやAteng Superが栽培されていました。朝は外輪山側から低い雲や霧が流れ込み、日中は赤道直下らしい強い日差しを感じました。
島内の精製所では、伝統的なスマトラ式だけでなく、フルウォッシュド、ナチュラル、ハニーも作られていました。トバ湖周辺のコーヒーが、伝統を残しながら新しい品質づくりへ動いていることを感じました。
この訪問先は、現在販売しているコピルアックの採取地点そのものではありません。しかし、同じトバ湖周辺でコーヒーがどのように栽培され、集められ、乾燥されているのかを改めて見る機会になりました。
約20年前の出会い、2017年の探索、そして2026年の再訪。コピルアックを探す旅は、一度の冒険で終わってはいません。
次回は、ワイルドルアックと飼育ルアックの違い、動物福祉の問題、そして0566が同じ生豆を二つの焙煎度に仕上げる「シングルブレンド」についてお話しします。
次の記事
珈辞苑|コピルアックを知る③「ワイルドルアックと飼育ルアック」
参考資料・現地記録
- Toba Regencyのアラビカ栽培適地に関する研究:Analysis of Land Suitability for Arabica Coffee in Toba Regency, North Sumatra, Indonesia
- 2017年の探索、直接取引および2026年のサモシール島に関する記述は、0566珈琲製作所・松井真の現地体験、聞き取り、記録に基づきます。